皆さんは何かペットを飼っていますか?
コロナ禍になって以来、在宅中にペットに癒しを求めた人も少なくないでしょう。
令和の現代、犬や猫を飼う人の目的は、ほとんどが愛玩目的かと思われます。
犬や猫などのペットたちは、人間と共存しやすいように品種改良がなされてきました。
しかし、元々犬や猫は人間の生活を支えるための“道具”として飼われ始めた歴史があります。
これは現代よりも“道具”という考えが強かった時代、母が幼少期に体験したある一匹の犬とのお話です。
家にやってきた子犬
それは私の母が小学1年生のある日のこと。
母が家の庭先で遊んでいると、祖父がいつもより早く仕事から帰ってきたのです。
そして祖父は母の名前を呼び、大きく手招きをしていました。
「なんだろう?」と母は不思議に思い祖父の元へ駆け寄ると、いつも祖父が仕事で使っているトラクターのドアを開けました。
トラクターの助手席には段ボールが乗せられていて、その中にはまだ生まれて数か月しか経っていないであろう子犬がクゥンクゥンと不安そうな声で鳴いていました。
「お父さん!どうしたのこの子!?」
特に動物好きでもなかった祖父が急に子犬を連れて帰ってきたのですから、母も驚きを隠せません。
「知り合いからもらってきた。この子の面倒今日から見てくれや。」
祖父はそう言うと、段ボールごと子犬を母に押し付けるように手渡しました。
「名前はロックな。名前はちゃんと覚えさせといてくれよ。」
急な展開で戸惑った母でしたが、昔から動物好きだったので犬を家族に迎え入れられることはとても嬉しく感じていました。
しかしながら、急に子犬をもらってきて世話をすべて母に押し付けるような祖父の言動を、母は当時とても不愉快に思ったそうです。
共に生活する一年
ロックはビーグルという犬種で、元々イギリスで狩猟犬として愛されてきた歴史ある犬種です。
運動不足な人なら飼うのが大変なくらい活発で、ロックも例に漏れず活発で非常にやんちゃな性格の子犬でした。
しかし大自然広がるド田舎で育った母にとって、それはなんの問題にもなりません。
ロックと同じく活発で日頃から元気を持て余していた母にとって、ロックはちょうどいい遊び相手だったのです。
ロックはすぐに母に慣れて、毎日母の学校帰りから日が暮れるまでずっと外で走り回っていました。
当時は今のように品質の良いドッグフードもなく、人間が食べるものを与えることも多かったと言います。
元々少食だった母は、学校の給食が多すぎて全部食べることに苦労していました。
残すことは絶対に許されない時代だったので、母はバレないように自前の袋の中にパンやおかずを入れて持って帰り、家にいる動物たちに与えていたようです。
ロックはその中でもコッペパンが大好きで、母が帰宅する頃になると、3時のおやつを待つ人間の子どものように目を輝かせながら、家の庭先で母を待っていたそうです。
母はロックに芸を教え、上手くできたらそのコッペパンを与えていました。
そのおかげか、ロックは人間の言葉を理解することを楽しんでいるかのように、1年のうちにすらすらと芸を覚えていったそうです。
ある日、突然いなくなり……
ロックが家にやってきて1年が経とうとしたある日のこと。
その日学校から帰ってきた母は、いつもなら庭からワンワン吠えながら迎えてくれるはずのロックの姿がないことに気付きます。
家や庭中を探し回ってもロックはおらず、その時家から少し離れた畑で作業をしていた祖母のもとに慌てて聞きに行ったのです。
「お母さん!ロックがいなくなった!!」
すると祖母はため息をつきながら仕事の手を止め、母と一緒に畑の端にあるベンチに腰掛けました。
「本当はお母さんもこんなことは反対だったんだけど、お父さんの言うことには逆らえなくてね。しばらくロックは帰ってこないんだよ。」
それは家にロックがやってきた時と同様、突然のことでした。
祖父はその日母が通学したのを見計らって、トラクターにロックを乗せてどこかに連れて行ってしまったのです。
祖母はどこに連れて行ったかを知っている様子でしたが、その時はまだ母には言わなかったそうです。
母は友人や兄弟同然だと思っていたロックを奪われたことがショックで食事も喉を通らず、しばらくの間は祖父と会話も交わさなかったそうです。
狩猟犬として帰ってきたロック
それからまた1年が経とうとしたある日。母の記憶からロックの存在がゆっくりと薄れていた頃のことです。
母が庭で遊んでいると、祖父がトラクターに乗りいつもより早めに仕事から帰ってきました。
「まるでロックと出会ったあの日と同じだな。」
母はそう思ったそうです。
そして、母が何気なくトラクターのほうをそのまま見ていると……。
「ワン!!」
聞き覚えのある声。見たことある柄。
祖父がトラクターから降ろしてきたのは、一年前よりも立派に成長したロックでした。
「ロック!!!!」
母は嬉しさのあまり遊びを中断して駆け寄ろうとしました。
しかし、祖父は近づこうとする母の行動を大声で制止しました。
「近づくな!!」
思いもよらない祖父の怒声に母はビックリしてピタっと足を止めます。
「これからロックに近づいたらいかんぞ!食い殺されるぞ!」
祖父は母を脅すようにそう言ったそうです。
しかし、これはあながち間違いでもありませんでした。
何故ならロックはこの1年間、狩猟犬として厳しい訓練を受けていたからです。
故意に人を傷つけることはなくても、小学生の女の子程度ならいとも簡単に命を奪えるほどの力はあります。
また、母はロックと1年間ではありましたがとても仲良く過ごしてきました。
ここでロックが母を思い出してしまうと、1年間の訓練が水の泡になると祖父は考えたのでしょう。
ロックは家の離れにある小屋に連れていかれ、母はその日から絶対にその小屋に近づかないようにと釘を刺されました。
それから母がロックの姿を見るのは、朝と夕方のほんの少しの時間だけ。
たまに祖父にトラクターに乗せられて、村の害獣駆除に出かけていく様子を見ていました。
1年前までは、母と一緒に庭を駆け回りコッペパンを食べていた子犬。
それが今では、猟銃を持つ祖父のそばで、駆除したイノシシやシカの生肉を食べて生活していると聞き、母は別の犬になってしまったと感じたそうです。
本当のお別れ
母とロックが本当のお別れをするのはそれから数年後のことです。
祖父とロックが害獣駆除に出掛けたある日、祖父が慌てて帰ってきて祖母と何やら話していました。
その時、祖父の乗ってきたトラクターには、イノシシに反撃され瀕死の状態のロックがいたそうです。
祖父は母には何も言いませんでしたが、母はこれから起こることを薄々察していました。
祖父はそのままトラクターに乗って、次に帰ってきた時にはロックの姿はありませんでした。
令和の現在、犬と猫に囲まれて穏やかに過ごす母は、その当時のことを悲しそうに語ってくれました。
ロックと過ごした楽しい日々は忘れないと。
いつの時代も動物たちの命の重さは変わらないと。
そして、人間のために命を懸ける動物が今も存在していることを忘れてはいけないと。
kitsuneko22著
