魔法使いに憧れた少女
それは私が小学生の頃のこと。
普段は男の子に紛れて外で騒いでいる活発な女の子だった私は、教科書はもちろん漫画のような娯楽ですらじっと座って文字を読むのが苦手でした。
そんな私でしたが、友人が貸してくれたある小説がきっかけで、私は本の中の世界にのめり込んでしまいます。
今では知らない人もいないくらい世界中で有名になり、何作も映画が公開されたハリーポッターシリーズ。
当時はちょうど第一作目の小説が発売された頃で、主人公たちと同年代だった私は、もし自分が魔法学校に通っていたら?という空想を毎日思い描いていたものです。
小説は瞬く間に世界で人気になり、ついに映画化が決まります。
文字で読んだ世界が映像で観られることに私はとても感激しました。
そして私は、魔法なんてこれっぽっちも興味がない父を引っ張り、公開されたばかりの映画を観に行ったのです。
初めて観たその世界は、とても綺麗ですべてが魔法でできた非現実な世界でした。
すっかり魔法がかかった私は毎日の空想に拍車がかかり、木の枝を杖に見立てて呪文を唱えたり、黒いゴミ袋を被って魔法使いになったりして遊んでいました。
しかし、何かが足りなかったのです。
小説や映画を見たことがある方ならわかると思いますが、あの物語には一羽のシロフクロウが出てきます。
当時何も考えていない幼稚な私は、あろうことかあのシロフクロウを飼いたいと考えたのです。
森の賢者
私が飼いたいと思ったシロフクロウとはどんな生き物なのか、簡単に説明したいと思います。
シロフクロウは、その名の通り白い羽毛で覆われており、北極圏や寒冷地帯といった寒い地域を生息地とする大型のフクロウです。
大きさは50cm~70cmほどで、羽を広げると大人の背丈とほぼ変わらないほど大きな鳥です。
基本的にフクロウは夜行性の種が多いですが、シロフクロウは例外で、北極圏などの白夜(地球の自転と公転の影響で太陽が沈まない時期)に順応し、昼行性だと言われています。
シロフクロウは他の猛禽類と同じく肉食で、野生の場合、森のネズミやウサギのような小動物を主食にしています。
このような生態から日本にはほとんど生息しておらず、北海道などの北の地域で時々観測される程度だそうです。
フクロウはそのミステリアスな外見やしぐさから、ヨーロッパなどでは神話時代から「森の賢者」として親しまれており、日本においても大変縁起の良い生き物として知られています。
この生態からも察する通り、シロフクロウは個人が飼うにはあまりにもハードルが高すぎます。
ましてや私が住んでいるような小さな日本の住宅では、どう考えても環境が悪すぎるのです。
ペットショップ店員さんの荒治療という名の魔法
しかし能天気な私は、何も考えず駄々をこねて両親に「飼いたい飼いたい!」と迫ります。
両親は何度か私を動物園に連れていき、猛禽類と観客が触れ合うショーなどを見せました。
そしてそれで私の気持ちが落ち着くかと考えたようですが、むしろ実物に触れてしまった私は大興奮!
前より余計に「飼いたい飼いたい!」と言うようになってしまいました。
呆れた両親は、私をペットショップに連れていきます。
そこはワシやタカ、小型のフクロウなども販売している大きめのお店でした。
私はついに飼ってもらえるんだ!とワクワクしていましたが、実はこれ、両親がペットショップ店員さんと手を組んだ、ある作戦だったのです。
ペットショップには猛禽類エリアとしてガラスの壁で囲われた場所に、5羽ほどのワシやタカ、フクロウが止まり木に止まっていました。
ガラガラッとガラス扉を開け中に入ると、ガタイの良い店員のおじさんと綺麗な店員のお姉さんの「いらっしゃいませー!」という声が響き、鳥たちがギロリと私のほうを睨みます。
おじさん店員さんが両親に声をかけ、何やら話をしています。
そして私のほうを見て「どの子が気になる?」と尋ねたので、私はその場にいた小さなフクロウを指さして、「これの白い子が欲しい!」と言いました。
するとお姉さん店員さんが専用の皮手袋を腕に付けて、フクロウを私のほうに連れてきてくれました。
私はこの瞬間に見えた綺麗なお姉さんの腕が傷だらけだったのを今でも覚えています。
小さいとはいえ近くで見ると大迫力で、バサバサと羽根を羽ばたかせるとそれだけで強い風が私の髪を大きく乱すほどでした。
おじさん店員さんが淡々とフクロウの飼い方の説明をします。
「この子の場合、部屋はざっくりこれくらいの大きさが必要で、夜行性なので夜はちょっとうるさいかもしれません。フクロウはどの種もそうなのですが、基本的に寒い地域の生き物なので、夏も冬も欠かさず冷房が必要になってきます。特にシロフクロウとなると、一般家庭の冷房の性能では追い付かないので、別途専用の冷房をお部屋に取り付ける形になります。」
と、今考えれば、よっぽどのお金持ちでもない限り絶対に飼えないことを前提に話されていたと感じます。
その時点で薄っすらと飼えないなと察していた私でしたが、追い打ちをかけるように今度はエサの話になります。
「エサは冷凍されたヒヨコとネズミを販売していますので、それを解凍してもらって“処理”をしてから、1日1回から2回あげてください。」
店員さんはそう言うと、エサの実物を店の奥から持ってきました。
それは生きていた時と同じ姿のまま冷凍されたヒヨコとネズミでした。
私と母親は同時に「ひぃ!!」と変な悲鳴を上げて、後ずさりしてしまいました。
すると店員さんは私に、
「これを毎日あげないとこの子たちは死んじゃうけど、できる?」
と優しく私に尋ねました。
私は初めてその生々しいエサを目の当たりにして、一気に目を覚まして現実に引き戻された感覚でした。
結局私はエサの件が決定打となり、フクロウを飼うことを諦めました。
そしてそれ以降、「フクロウを飼いたい!」と言うことはなくなりました。
その後
時は流れて、変わらず動物好きだった私は動物系の専門学校に通いました。
そこではあらゆる種類の動物の世話をするためにエサのことも当然学ぶのですが、私は実際にそこで生きた状態のヒヨコやネズミを“処理”して、店で売られていた“あの状態”にする術も学びました。
“処理”なんて簡単な言葉で済ましますが、実際にやることは文字にはできないほど残酷で、仕事だから麻痺してやっているだけで一生慣れることはないと思います。
しかし人に飼われている多くの肉食動物たちには必要なこと。
人間だって誰かが“処理”をしてくれた牛や豚や鶏を頂いているのです。
そう考えると、命を繋ぐことは本当に難しいことで、生半可な気持ちで向き合える問題ではないと感じさせられます。
何も考えずにフクロウを飼いたいと考えていた当時の私に、このことを小一時間説教しに行きたいくらいです。
魔法の世界にのめり込み一種の魔法にかかっていた私。
今では「あれは魔法の世界だからできること」と考えるようにしています。
