定年後、元気のなかった父
定年退職をしてから、外部との交流がめっきり減ってしまった父。
近くには住んでいますが私もすでに実家を離れており、昼間は父と母の2人だけ。
毎日テレビを観てゴロゴロしているだけになった父のことを、心配してなのか鬱陶しく思ってなのかは分からないですが、母は「どうにかしないと……。」といつも悩んで、家中が鬱々とした雰囲気に覆われていました。
そこで私は犬を飼ってみることを提案したのです。
最初のうちは父は猛反対していました。
「世話は誰がするんだ!」「エサ代がどれだけかかるか分かっているのか!?」
父が反対する理由はもっともなものでした。
可愛いからというだけでペットは買えません。
ご飯を食べればトイレもするし、人に危害を加えないようにしつけをする必要もあります。
文字で書くだけなら簡単そうに見えるかもしれませんが、実際にやると時間もお金もかかるので結構大変です。
一番心配していたのは、自分たちが最期まで面倒を見てやれるかということ。
犬の平均寿命が15年くらいだとして、その頃にはもう両親とも80代ですし、ずっと身体が元気でいる可能性だってあるか分からないのです。
しかし、万が一があれば私が引き取る覚悟はあると伝えました。
私自身、昔から動物が好きすぎて動物専門学校に通っていたくらいです。
そんな私のことを母は信頼してくれて、何かあったら娘に任せればいいと説得してくれたのです。
そんなこんなで我が家に迎え入れられた一匹の子犬。
その子は家族に光を与えてくれる存在になります。
父にそっくりな子犬
その子との出会いは運命のようでした。
私も両親に付き添ってペットショップに行った時のことです。
その日は迎え入れるつもりではなく、どんな子がいるんだろう?程度に見に行くだけのつもりでした。
ショーウィンドウ越しにたくさんの犬と猫がいて、どの子も可愛いなぁと思って母と一緒に眺めていたのですが、父はずっと一つのショーウィンドウから離れずにその子と戯れていました。
私が近づくと、普段は無口であまり口を利かない父が、
「この子、可愛いな……。」
と、ボソッと呟いたのです。
そこにいたのは、ミニチュアシュナウザーという犬種の男の子。
もさもさのひげが特徴的で、どことなく父と雰囲気がそっくりな子でした。
ウィンドウ越しの父の指を行ったり来たり追いかけていて、かなりパワフルそうな子。
その様子を見ていた店員さんが「抱っこしてみますか?」と声をかけてくれたので、父がその子を抱っこしてみることに。
すると、しっぽを振りながら父の顔を舐めようとしたり、服の中に入り込もうとしたりでわちゃわちゃ状態!
しかしすぐに疲れてしまったのか、父の腕の中でスヤスヤ眠ってしまったのです。
チラッと私が父の顔を見ると、見たことないくらいのデレデレ顔。
(お父さんもこんな顔するんだー)
なんて一人で思っていたら、父の突然の一言。
「この子にする!」
家にお迎え、デレデレな父
そこからその子を迎えるまではあっという間でした。
店員さんに家族会議中!というプレートをその子のショーウィンドウに張り付けてもらっていましたが、会議もなにも頑固な父が買う!と即決しているため、迎え準備が整うまで預かってもらっているほうが正しかったです。
子犬を迎え入れるのに必要なものを私がリスト化して、実際の商品選びは全部父が行っていました。
そして一週間もしないうちに、買ったばかりのキャリーバッグを父が背負って、家族全員で新しい家族のお迎えに行きました。
家に連れて帰りキャリーバッグを開くと、好奇心で目をキラキラさせたその子が家の匂いを嗅ぎながらゆっくりと出てきます。
家に子犬を迎え入れる時、緊張や興奮から子犬に負担がかかってしまうため、数日はゲージの中で様子見をする必要があります。
しかし早く触れ合いたくて仕方ない父は、ゲージの上から手を伸ばして子犬とわちゃわちゃを繰り広げていました。
その日の夜中私はトイレに起き、子犬のいるゲージのそばを通らなければならなかったのですが、布団も被らずゲージに手を伸ばしながら爆睡する父と、その指を咥えたまま寝る子犬の姿に思わず吹き出してしまったのを覚えています(笑)
家族に光をもたらしますように
その子は、家族に光をもたらしますようにという願いも込めて「光太(こうた)」と名付けられました。
その名前の通り、光太が家に来てから家族に笑顔が増えていきました。
昔犬を飼った経験がある母と学校で学んだ私は、初めて犬を飼う父に必要なことを何もかも教えました。
私たちが言ったことを必死にメモして、大きい文字で印刷した紙を壁に貼り付けてる父の姿はとても微笑ましかったです。
子犬のうちは1日20分程度でしたが、大きくなるにつれて1日1時間以上散歩に連れていくようになり、父は散歩で出会った犬とその飼い主たちと交流した出来事をよく話してくれるようになりました。
ある日、滅多に来ない父からのLINEで「犬友ができた!」というメッセージと共に、数匹の犬たちに囲まれた光太と父の写真が送られてきました。
その写真に写る父は、家でテレビを観る背中の丸い父ではなく、光に照らされて10歳以上若返ったようにも見える父でした。
なんでも、散歩でよく会う犬の飼い主から近所の犬好きたちの集まりに誘われたそう。
外出が減っていた父にとって、それは最大の転機になりました。
今ではその集まりに母も参加するようになり、その時に撮った写真が私のLINEのフォルダを飾ってくれています。
光太のおかげで、父と母に元気が戻っただけでなく、会話の少なかった私と父の間に会話が生まれたことをとても感謝しています。
いつか虹の橋を渡ってしまうその時が来るまで、ずっとこの家族を照らす光でありますように。
kitsuneko22著
